:::藤沢市議会議員 柳田ひでのり:::藤沢市議会議員柳田秀憲のブログです。

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100条委請願、議運委は否決
本日の議会運営委員会で、善行土地問題の徹底調査を求める陳情と、100条委設置を求める請願が審議され、ともに否決となった。

与党多数の議運委で否決されるのは想定内なのだが、ある与党委員が信じられない発言をした。

土地取得は市長の専管事項(なので議会が口を挟むべきではない)」

「土地公社から市が買うときに議会の審査を経るのだから、そのとき議論すればよろしい」

だいたい趣旨はこんな感じだったと思う。
いやあ、驚いたが、私の聞き違いかもしれない。
| 23:49 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
市議会の図式
市政を揺るがす事態に発展した善行土地問題に関して、真相究明をおこなうための「100条委」の設置は、賛成17名反対18名で、またしても否決となった。

前回の12月定例会では、設置賛成が16名、反対が18名、棄権1名で否決(議員36名中、議長は採決に参加しない)。

今回は、前回棄権だった自民の市川議員が会派決定に反して賛成に回り、賛成17名となったものの1票足りなかった格好だ。
設置反対は、前回は「明白な違法性はない」みたいな理由だったのだが、今回は「住民訴訟が起こされたので、裁判所で決着をつけるべき」が主な理由に変わってきた。

設置反対派も「市は間違っていない」とは言いづらくなってきたのだろう。

現在、市議会は自民・公明・さつき会と、一人会派の睦月会が市長与党となっており、議長含め総数20名。
対して、私たちを含め、16名の議員が野党となっている。

自 民  …7名(議長、議運委員長→辞任、監査委員1名、議運委員2名)
公 明  …6名(議運委員長、監査委員1名、議運委員2名)
さつき会 …6名(副議長、議運副委員長、議運委員2名)
睦月会  …1名(議運委の議決権は無し)

以上20名が与党、うち議運委員は6名。

かわせみ会…6名(議運委員2名)
自由松風会…5名(議運委員1名)
共産党  …3名(議運委員1名)
藤沢民主党…1名(議運委の議決権は無し)
アクティブ…1名( 同 上 )

以上16名が野党、うち議運委員は4名。

本会議の議決は、36議席のうち議長は可否同数以外は参加しないので、過半数は18名となる。
一方の議運委での議決も、委員長は同数以外では参加しないので、10名の委員中、過半数は5名。

以上が、現在の藤沢市議会の構成だ。
数の上では市長与党が4名上回っており、議運委も過半数を得ている。
市議会の、いわば「与党連合」が結束している以上、市長の考えを通していくことは可能だ。
市議として「市長を支える」のも良い。この事をもって、直ちに「議員の職責を放棄している」とは思わない。
ただ「市議会議員とは何か?」という問いに対する答えが、私と今の与党市議たちとでは根本から違う、ということだ。

善行問題に関しては、引き続き連合審査会で議論されることなった。市議会による真相究明が後退したのは事実だろうが、全く出来なくなったわけではなく、むしろ連合審査会の方が良い点もある。

本会議・議運委とも、市長与党が過半数。
つまり、仮に100条委が設置された場合、おそらく議運委の枠で委員が決まるだろうから、100条委の運営・結論も与党に引っ張られる可能性が高い。

対して、総務委・建設委合同審査会は、野党が過半数を握っている
連合審査会なら、野党主導で運営することが可能だ。これは大きい。
実際、建設委単独開催や連合審査での参考人質疑によってこれまでの市側説明の矛盾が明らかになっている。

100条委設置が叶わなかったが、必ずしも悲観することは無い。

ようは、沖山会計管理者のように、市の中にあっても「おかしいことはおかしい」と勇気を持って答弁してくれる職員がさらに出てきてくれれば、何も100条委じゃなくでも良いのだ
(と言っても引き続き100条設置は訴えていく)。
まだまだこの問題は終わらない。
| 16:21 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
審議先送り
今日の議運委は、市民から出された
「100条委の設置を求める請願」
の審議を行うはずだったが、自民から「代表質問の質疑をみてから判断したいので、本日は審議しないで欲しい」といった動議が出された。
自民・公明・さつきの賛成多数で動議が認められて、審議無しで終了。
100条委設置については、今定例会中にもう一度審議することになった。

動議を出した自民の真意は不明だが、100条委設置に反対できなかった、のは確かだ。
善行土地問題に関しては、一連の新聞報道の他、ついには全国放送のテレビでも取り上げられる事態となり、市民の関心も高まっている。

予断を許さない情勢だが、徹底調査に後ろ向きだった会派に変化が出てきた。
| 20:35 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
市民陳情
定例会は、まず初日に議案の趣旨説明があって二日目に質疑応答と議決を行い、一旦休会し残りの案件を各常任委員会に付託する。

常任委員会は、建設ではじまり民生・文教・総務と一日ずづ行われ、最後に議会運営委員会を行い本会議が再開される、という流れになる。

こうして、定例会会期中に一日まるまる議運委の日程をとるわけだ。案件がなければ開かれないこともあるが、今回は市民から陳情が出されたために議運委が開かれた。
陳情の中身は「議員は必ず討論をするように」というものだ。

結論から言うと、私は趣旨不了承。反対多数で否決された。

議会では、案件の賛否を決める際の手順として、まず

議員が市当局に質問して認識を深める
→賛否の理由を述べる「討論」を行う
→表決(賛否の表明)


という段取りになっている。

この場合、質疑をする、あるいは討論するのはあくまでも「表決」の付属だというのが私の考えだ。
議員の仕事は「表決」なのだ。
だから、採決の際に結論保留としたり、退席(この二つは議会審議上のテクニック)して責められるのは甘んじて受けるしかない、と思っている。さらには「賛成」「反対」したことを、立場を異にする人から責められるのも仕方がない。

だが、質疑をしなかったとか、討論しなかったといって責められたとしても、それは議員の判断だ、と言いたい。
そして、私に「賛成」を期待している人たちにとっては、私が反対したら結局どんな討論をしても「言い訳だ」ということになってしまう。
私としては、それも仕方がないことだ、と思う。

結局は「表決」つまり「案件への賛否」によって議員の評価は決まるのだと私は思う。もちろん、質疑の良し悪し、討論の良し悪しもあるだろうし、それを議員の評価項目に加えることに何ら異存はない。何をもって議員を評価するかは人それぞれだろう。
ちなみに、私は質疑・討論を積極的にする方ではなく、案件によって決めている。

実際の議会運営は、質疑をしたり討論をするのは個々の議員(会派)にゆだねられており、質疑も討論もしないことは珍しくない。
さらにいえば、議事進行上、質疑・討論を議長が省略することだってある
(当然、採決の省略はありえない)

こんなことは当然だと思っていたが、そう考えない方々もいるらしい。
当初、私は「討論しなさいっていう陳情に対して、討論は強制されるものではない、と『討論する』のも何か矛盾を感じる」と考えていたが、会派内で討論するべきだ、という意見が出たので極めて簡潔な反対討論をおこなった。

このように、市民から陳情が出されれば委員会を開催して表決をしているが、これはどこの市議会でもそうか、というとそうでもない。藤沢市議会は民主的な運営がなされているほうだと思うのだが、なかなかご理解いただけないのが残念だ。
| 18:33 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
開かれた議会
現在、市議会で「議会改革」について議論されている。
私も議会運営委員会のメンバーとして議論に参加しているが、私は基本的に、市議会の運営については今のままで大きな問題はない、と思っている。
市政発展のために議会が取り組むべきは、細かい制度改正云々よりも議員各位の資質向上に尽きるのではないか。
そのためには
議員定数は削減して少数精鋭とする方がよい
というのが私の立場であることは以前も書いたし、定数削減は選挙公報にも載せた。
ただし、市民・有権者にとって、より分かりやすく・より透明な議会に変えていく必要は感じている。

これについては、
市民に「開かれた議会」
という言葉がよく用いられる。

議会のウェブ中継等を行ったり(藤沢は本会議では実施済)、土日や夜間に議会を開催して勤労者が傍聴しやすくする、という意見もある。
「議会審議そのものを伝えていく」という発想だ。
さらには、議会予算の執行状況や政務調査費の使われ方など、主に金銭面での透明化も求められよう。
議会の公開・透明性という見地から、さらなる取り組みが必要で、今後の議論は注目だ。

もう一つは、、議員と市民との交流・意見交換の充実、というものである。
市当局は政策立案の際に、市民と意見交換するべく、審議会や広聴会等のチャンネルを活用しているが、議会側の市民広聴等は個々の議員にゆだねられている。
議員は自身の支持者を通して政策立案したり市の政策の妥当性を確かめるのが通常だが、個々の議員が幅広い市民各層の意見を聞くのは実際には困難だ。

例えば、私が住んでいる町内会の回覧板などを使ってアンケートを実施して住民の意向を知りたいと考えても、町内会活動を通して議員が売名行為をしている、となる可能性が高い。さりとて、自治組織を通さず唐突にそのような取り組みをしても、実効性は中々上がらないだろう。
これは小学校の保護者会などでも同様の構図がある。
議員個人が自治組織を「政治利用」してはならないのだ。

だが、議会全体でこうした自治組織やPTA等と関わるのなら話は別だと思う。
一議員のスタンドプレー?ではなく市議会として地域課題にかかわり、その際に党派や支持母体を超えて各団体や住民等と意見交換をすることは大変有意義だと思う。
これは、議長・議会のリーダーシップで比較的簡単に実現可能だし、実際行っている地方議会もある。

厳しさをます自治体財政の環境下では、既存政策と新規政策の取捨選択はどうしても避けられない。主権者たる市民と市側・議会とで市政課題を共有しないと、いたずらに不満だけが募ることになると思う。
有権者は材料さえあれば的確な判断をするはずだ。
そのためにも、議会と市民との交流を一層進める必要があろう。

議会審議のさらなる公開
議会関係費の情報公開
議員と市民との意見交換の充実

が議会改革の原則だと思う。
| 17:37 | 議会(議会運営委員会) | comments(3) | trackbacks(2) | posted by 柳田ひでのり |
6月定例会報告
随分と更新が滞ってしまったな。
当ブログを楽しみにしていただいている皆さん(いないか?)には申し訳ありませんでした。

さて、6月議会もいよいよ終盤である。
今定例会は、ごみ処理有料化に反対する議員提案条例や
「藤沢市きれいで住みよい環境づくり条例」
などが目玉、というか、話題だろうか。

「藤沢市きれいで住みよい環境づくり条例」
は、昨年一年あまり、他会派の議員とともに研究し、当初は議員提案をしようと意気込んでいたものである。
市側も同様の条例案を検討しはじめ、それならば共同研究?はちょっと言い過ぎにしても、市側の作成案に私たちの意見を取り入れてもらおう、ということに落ち着いた経緯がある。
なんと言っても、市職員は条例作りのプロであり、スタッフも各課揃っているので私たち議員数人でつくるよりも迅速・正確なのはいうまでもない。

あえて強がり?を言えば、私たち議員が考えるものは、よく言えば
「先進的」
になる可能性はあると思う。
だが、予算等の裏付けや県や検察当局、市の各部局(特に財政当局)と調整し実効性を確保すると同時に各法令等との整合を図る、いった一連の作業を議員だけでおこなうのはかなり難しいだろう。
市独自の
「精神条例」的なものが議員提案に向いている
というのが条例提案を模索した身としての、くやしいかな結論だろうか(完全にあきらめたわけではないが)。

この他、6月20日に開催された「議会運営委員会」では、議会のあり方について、今年度取り組むことが決まり、今会期中に各会派からそれぞれ案を提出することになった。
そこで、私の持論である「議員定数削減」を提案したいところだが、我が会派として合意に達していないので、今回の議運委では提案できないのが残念だ。

定数以外にも自分なりに議会のあり方に問題意識は、ある。
先の条例案の例をみても、議会の立法機能発揮は容易ではない。議会側の法制スタッフ充実や議員の個人(会派でもよいが)スタッフの充実等が図られないと、議会・議員の質的向上は難しい、ということは多くの人の同意が得られるだろうと思う。
ただ、問題は決して少なくない予算を伴うことだ。

選挙制度にも一言ある。
選挙区が単一の藤沢市議会だと、会派の仲間も選挙の際には
「ライバル」
になってしまうので、どうしても議員個人の特色を出すことに重点が置かれ、実際的な政策が後退するのが現実ではないか?
会派・党派のマニフェストで選挙を行うには、候補者毎の「票割り」がしっかり行える「組織政党」でなければ難しいと感じる。
ならば、各党派・会派による「比例代表制選挙」を行えば、政策本位の選挙ができるだろうが、各党派・会派に有権者の理解・支持がどこまであるかといえば、気は熟していないどころが全く逆であろう。

議会の機能不全、は言い過ぎならば「機能低下」は議員だけの問題か?というと有権者から怒られてしまうだろうか。

まだまだ「議会のあり方」について言いたいことはあるが、私案の
・定数大幅減
・議会法制局の創設
・議員スタッフ充実
・選挙制度見直し

等々は、いずれも現行制度とはかけ離れている。

だからこそまさに「議会改革」なのだが、今の議運委で議論するような話ではない。
先人の知恵が盛り込まれた現在の議会・議運委の姿、議会の先例に一定の合理性は当然あるだろうし、各自治体毎の個別事情や固有の歴史もあるのだ。
さらには、予算や法令の変更も伴うのだから、一足飛びに変えらるはずもないのである。

「議会改革」については、全市的な、さらに言えば国民的な議論が求められるところだ。

ということで、現実の、個別具体的な「議会運営の見直し」は、議会内部と行政内部の課題が主で、議運委が議論を主導して問題ないと思うが、他方「議会のあり方」そのものを議論するならば、市民の意見を募ることが前提条件ではないか。
大枠でいえば、自治基本条例などとも関わる話であり、自治体によっては「議会基本条例」を制定しているところもある。
藤沢市議会としても、市民広聴の仕組みを考える時ではないだろうか。

「議会運営」
「議会のあり方」
この二つは次元が異なると感じる。

長くなったが、最後に一般質問についての事前報告をしたい。

件名は「市長の政治姿勢について」
要旨は「今後の藤沢市の姿」

これだけだと何だから分からないが、テーマは
「市町村合併」
である。

山本市長は、3市3町による「湘南市構想」を正式に検討していたのだから「合併推進派」と言ってよいだろう。
だが私は、なぜ、藤沢市が合併する必要があるのか、疑問がある。
国が旗を振って「平成の大合併」が大きく動きだし、この間、多くの合併新市が誕生したが、そのほとんどが財政力が弱い小さい町・村が消滅していく、というものだった。
本市のような財政力が強いところの合併は例がない。

先の湘南市構想は頓挫し、藤沢・湘南エリアにおける合併機運はしぼんだかに見えるが、第二次平成合併が始まってもいる。
富裕自治体が多く、合併が進んでいなかった神奈川県内でも、相模原市を中心とした合併がおこなわれ、県西部では小田原市を中心とした大合併が模索されている。ここに来て活発な動きが見られるのだ。

こうした背景から、藤沢市の合併について、あらためて市長の考えを聞いてみたいと思い立った次第だ。
定例会最終日の27日、一般質問の最後の質問者として登壇する(予定)。
乞うご期待?
| 20:46 | 議会(議会運営委員会) | comments(4) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
議会のあり方
6日に議会運営委員会が開催され、6月定例会の運営等を決めた。
今定例会に提案される議案・請願を、どの委員会で審議するかなど、定例会に先立って議運委で決めるのである。

そして、議運委では定例会の進め方以外のことで、
「議会のあり方」
そのものも話し合う。

例えば、議員定数や報酬、政務調査費といった議員そのものの事柄や、四常任委員会の所管事項など議会の姿について、さらには、本会のネット中継など議会広報の仕方等々、である。

で、今回「議会のあり方」に関して俎上に上ったテーマは、大きく三点だ。

一点目は「常任委員会の区分の見直し」
についてである。
現在、市議会には
 〃設常任委員会
 ¬雲絃鑁ぐ儖会
 J原犠鑁ぐ儖会
 ち輒馨鑁ぐ儖会
の四常任委員会が設置されている。
で、それぞれに重要なのだが、補正予算は総務常任委員会で審議されるので、総務常任委員会の存在感が高いのだ。
さらには、市行政の制度や、市民自治に関わる案件も総務委で審議されることになっていて、いわば「別格」の存在になっているのである。
他の常任委員会では、
「特別会計」
の補正予算は審議されるが、誤解を恐れずに言えば、特会の場合は特に行政の裁量権は乏しい、という感がある。
もちろん、市民病院や下水道会計、介護・健保、区画整理などは数百億円にも上る巨額会計であり、やり方次第でコスト縮減効果も大きいだろう。
だが、技術的・専門的な領域が多く、また、法制度、つまりは国の方針で市の事業が左右される面が大きく、市議会が独自に議論しずらい面がある、というのが私の感想である。対して総務委で審議される「一般会計」は、これぞ市の予算、といえるもので、政策的・政治的裁量が特会よりも大きい。
という点で、総務委は、いわば常任委員会の中でも
「花形」
だと言えると思う。
もっとも、私は改選前には四年間民生委に所属し、民生こそ市役所らしい領域だと思っている。
実際、ごみ処理や堆肥化センターなど、多くの市民を巻き込む議論も行われたし、保健・医療・福祉、産業振興など、市民生活に直結する分野が多く、非常にやりがいがあった。
文教・建設も、それぞれに重要テーマを抱えているだろう。
本市のような成熟都市では、基盤整備が進んでおり、日頃は争点はさほどないとはいえ、カントクや武田跡地、村岡新駅など巨大プロジェクトを控えているし、区画整理とそれに伴う計画道路もある。
文教委も、教育は「百年の計」であり、良かれ悪しかれ「イデオロギー」的な争点を常に内包しているので、議論が白熱する分野だ。
四常任委員会のそれぞれが大切なのは言うまでもない。しかし、現実には各常任委員会で審議時間や審議事項にバラツキが目立ってきている。総務委は審議時間が長く、文教・建設は短い傾向なのは確かだ。
長くなったが、そういうワケで、各常任委の区分の見直しについて今定例会から議運委で議論をスタートすることになった。

これは常任委だけでなく、特別委員会も同様だ。
二点目は「特別委員会」の見直し
というわけだ。現在、
 々埓改革等特別委員会
 環境・災害特別委員会
 E垰埓鞍特別委員会
の三つあるのだが、特にの都市整備委が、審議が少ない。
「都市整備」という名前からすると、例えばカントク跡地なども審議事項とすればよいと思うのだが、現状は「建設常任委員会」の所管となっていて、都市整備委が審議する事項は殆どない状態だ。
一方、行革委は
「市政そのもの」
を対象とするために、審議日数や事項も多い。
四常任委員会同様、三つの特別委も各委員会間で審議時間・事項の多少が目立つようになってきたのである。

三点目は議長の常任委員会への所属
だ。
現在、議長・副議長も常任委に所属し、
議長も委員会では「一委員」
となっている。
しかし、そもそも議案の審議を各常任委に付託するのは議長である。
議長が自ら各委員会に審議を付託しておきながら、その委員会で一委員として審議に参加するのは道理に合わない、という理屈であり、それ自体もっともではある。

まずはこれら三点について、今年の議運委メンバーで話し合うことになったのである。
この他にも、私は議員定数や議員報酬、政務調査費など、市の予算における
「議会費全体」
の中で、見直すべきは見直す、という立場である。
こうしたことも、これから議運委で議論されるのかどうか、現状では不明だが、議会改革には各議員それぞれ一家言あるだろう。

市民から議会に対して厳しい目が注がれている。そしてこれからは地方分権が進む方向なのは間違いない。そして、
自治の範囲が拡大されれば、地方議会の役割もより重くなる
ということだ。
藤沢市議会・各議員にも、分権時代に相応しい実力が求められているのである。
今後の議運委での議論は要注目、だ。
| 12:20 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
6月定例会始まる
11日から6月定例会が始まる。
改選後、初の定例会だ。
専決の承認、第一中学改築工事などの契約案件、条例改正、補正予算、そして出資法人の経営状況等の報告。
計39議案が初日に提案される。

この他、共産党議員団から「ごみ有料化の廃止」という条例案が議員提案され、市民からは有料化関連で2つの請願が出されている。
これは、本会議の後民生常任委員会で審議されることになる。
私どもは改選前に自らの考え方を議会の場で示しているが、新人議員の態度は如何に。
また、改選前にごみ有料化に反対した会派の態度も要注目だ。

私が所属する建設常任委員会では、市道の認定・廃止議案と、いわゆる「地下室マンション」関連の条例改正案が審議される。
どちらもこれといって争点はないと思う。

私個人でいえば、一般質問を予定している。
今回は16人が通告済みで、私は最終日の最後に登壇する予定だ。
テーマは
「市長の政治姿勢について」
である。
自治体合併などを中心に議論したいと思っているが、例によって原稿は全くまとまっていない。
過去数回は徹夜状態で本会議質問をしたので、今回は何としてもそんな事態は避けたいものだ。
| 14:02 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
議員定数削減
この話題は、私情をまじえてしまうので、久しぶりに長くなりそうだ。

30日の本会議で、議員定数削減案が可決された。
これにより、来年の市議選は前回選挙より2名削減され、36人の定数で争われることになる。
この削減案は、9月定例会の議会運営委員会(以下、議運)で、ある市民から出された陳情を可決したことを受けてのものである。
そして、「時間をおいて」今12月定例会に新政会・公明の2会派により提案されたのだ。

この陳情に対して、
我が21社・民CULBは9月の議運で「反対」したのだ。
我が会派の議運委員となっている高橋議員は、38人からの削減には反対、譲っても「慎重」論者。
「4年任期の中間年で話し合うべき」であり、現時点では
「議論が尽くされていない」ので反対、であった。
古橋団長・伊藤議員も同様の考えだ。

対して、私は以前から述べているが、原則的に議員定数「削減論者」である。高橋議員はじめ、会派の先輩方の主張も尤もだと思うが、私は藤沢市議は
「20人程度でよい」
と思っている。
これは、私が3年半の議員生活からの「実感」にもとづいた判断だ。
だが、会派と違う議決態度は出来ないということで、私は会派の意に背き一人で「退席」したのである。

会派を割ってしまった、という気まずさが残る。
退席、っていうのも歯切れが悪い。
それに、内容が内容(リストラ)だけに、削減に反対する議員に対し、後ろめたさが無いと言ったら嘘になる。

それでも、この削減案は通したい、という思いがまさった。
議員は、根本的には削減に抵抗するだろう。次はいつ、こうした話が出来るかわからない。
それに、改選後、私が議場にいる保証はない。ならば、今、判断できるのならしたかったのだ。

さて、気を取り直して。
現在の制度は、議会開催日数やら、委員会の回数、その他市の「政策判断」、「政策評価」に要する時間が少ない。
ということは、一人あたりの仕事量が少ないのだ。
細かい話は省くが、委員会は定例会毎に一日しかないのだから、一人一委員会じゃなくて、二委員会に所属してもこなせるはずだ。

熱心に議会活動に取り組んでいる議員はいない、とはもちろん言わないし、それぞれ市民の付託に応えようと頑張っているのだろう。
それに、そもそも政策は現場で生まれるのであり、議会での議論は現場をふまえての話である。

議会開会日数が少ない、から仕事をしていない、ということではないかもしれない。
議会が無いときは、議員は現場の声を拾って歩くことになり、そこで市民の声が議員に伝わる。そして議会での議論へと向かう、という建前はある。

が、議員が市民と接する目的は、市民生活の実態を施策に結びつける、ということのはずだが、実際は
「市民の言うことをきく」「顔を売る」
ことが優先されてはいないだろうか?

「市議の仕事の大半は選挙対策であり、政策立案は後回しになっている」

と指摘されて、正面から反論出来る人がどれほどいるだろうか?
そして、もちろん私も含めて、各議員がどれだけ持論を市政に反映させただろうか???

「議員の数を減らすと、市民の声が届きにくくなる」

という人がいるし、そう主張する議員もいる。
が、何をもってそういうことが言えるのだろう?
ならば、「各議員の一般質問」や「議員による条例提案」などの議会での活動などから、例えば
「○○議員の一般質問での提案から××が予算化された」
「市総合計画に反映された」
「条例になった」
等々、具体的な論拠を示して頂きたいと思う。

声を届ける、っていうのは、「こういう事が起きていますよ」と議会で発言するだけでなく、改善策として条例化・予算化し、市民生活に(良いと思われる)影響を与えることではないのか。

私は議員になって、こんな事を言うと自己否定になるだろうが、市議会の場でどれほど実りある議論があったのか、正直疑問もある。
私自身、これは良い質問をした、と思うものもあったが、稚拙な質問も多かったと自覚しているし、反省もある。

いずれにせよ、支持者から、私の議会での質疑などについての注文は殆どなく、指摘されるのは選挙の心配であり(これは有り難いことでもある)、他の議員も同じような人は少なくないだろう。
「市民=支持者」の構図は、こと選挙に関しては当てはまってしまう。
私は、そうではない、と思って活動しているので、支持者から怒られており、次回選挙が怖い。

で、市民は一体、議員に何を求めているのだろうか???
(金銭的、道義的な)清潔さだろうか?
親しみやすさだろうか?人脈の幅広さだろうか?切れる頭脳だろうか?
政策立案能力だろうか?法的知識や調査能力か?
あるいは、言うことをそのまま聞いてくれることか?
その全てなのだろう、とは思うが、果たして私はどうかなあ…。

脱線したが、「政策より選挙」、の前では、
「市民の声の反映」
も空しい。

正直言って、私は
「議会のあり方」云々
とかいう議論に対して関心がない、というと誤解を招くかもしれないが、今の議会筋で言われている議会改革は、
「議会報を読みやすく、市民の興味を引くように」とか
「議員は一人一人独立した存在だから、現在の会派中心の議会運営はおかしい」とか
「市民が傍聴しやすいよう議会の休日開催だ」等々、抜本的な議論とは思えないのである。

ようするに、
「細かいことよりも定数削減や議会予算の減額っていうのが一番の議会改革だ」
と思っているのだ。
「金を絞られれば、知恵もでるだろう」
って言葉にするといかにも軽いが、私はまさに「現場感覚」から本気でそう思っている。議員定数削減論も、同じである。
「議員を減らせば、個々の議員はもっと頑張るだろう」
ということだ。
それじゃあ、リストラに突っ走る経営者と一緒じゃないか、といわれてしまうかもしれないが、議員は企業の従業員とは全然違うだろう。

次に
「大組織を背景にした人が当選しやすくなり、組織がない議員にとってハードルが上がる」
という批判についてだが、これも疑問である。

前回トップ当選の井手議員は、九州出身で、藤沢には縁がない人だ。組織だった支持母体もなく、まさに本人の言うとおり
「しがらみがない」
からこそ、有権者の期待を集めたのだろうと思う。もちろん、井手氏の
頑張りも大きいものだったのだろうが。

井手氏のように「下位当選者の倍以上の大量得票する」ということは、大きな組織を持たないがゆえ、組織内部の票割り等に関係なく運動を広げることができた結果だ、ともいえるだろう。

ちなみに、私も民主党の公認こそ得ているものの、労組や宗教団体、業界団体などの、組織だった応援は殆どない。もっとも、私の場合は元市長の娘婿だから、こんなことを言うと石を投げられるかもしれない。
だが、市議会選挙は難しい。市長なら葉山さんだけど、市議は○○さん、っていう有権者だって多いのだから、端から見ると楽そうかもしれないが実際は大変なのだ、って愚痴になってしまった。

「組織がない人は立候補しづらい」
ということは、心情的には理解できるし、現実あるだろうが、それは裏返していえば
「多くの人から応援されていない」
ということになってしまう。あまり上手い言い方ではないと思う。

そもそも、議会制民主主義(立法、予算)っていうのは数の論理が基本である。少数の権利を担保するのは「憲法」(司法)の領分だ。
もちろん、議会筋には少数にも常に心を砕く姿勢が求められることはいうまでもない。

とはいえ、実際は憲法そのものを決することも国会が多くを担っており、現行憲法は改憲の危機にある。国会議員が、どこまで
「誰もが生まれながらに平等」
という人権感覚を持っているのか、っていう疑問もあるかもしれない。
だが、衆議院などでいえば、それは
定数問題というよりも、一人しか当選しない故どうしても多数に傾く政策を打ち出さざるを得ない、という「小選挙区制度の弊害」だと思う。
ともあれ、最後の砦は国民投票なのだ。私は国民の良識を信じている。

また、脱線してしまった。ということで、少数派が立候補→当選がしづらくなる、という意見は心情的には共鳴するが、
多数決の議会制民主主義の前提ではその論理自体に無理があると思う。
反対の論拠は乏しかったと言わざるを得ない。

同時に、削減側も決定的な理屈はないだろう。

議員定数を巡る議論は、削減賛成であれ反対であれ、結局のところ、各党派の主張の根っこは
「党利党略」に尽きる、といったら言い過ぎか。
減らされたらウチの党の候補者はきつい、ウチの党は大丈夫、とか。

ちなみに、我が民主党は前回と違い複数擁立である。私を含めて次期市議選では民主党候補は定数減により、さらに厳しい選挙となるだろう。
じゃあ、党にとって不利になるかも知れないのに、何故お前は賛成なのだ?と問われて
「実感として多すぎる」
だけでは弱いだろうから、最後に、私の議会改革を述べたいと思う。

私が不思議、というか、疑問だったのは、削減反対側から、
「行政監視の機能が弱まる」という視点からの突っ込みが殆どなかったことだ。
本会議質疑の詳細を覚えているわけではないので、もし違ったら申し訳ないが、新聞にも上記に述べた
「『声が届きにくくなる』『大組織の候補しかいなくなる』的な反対があった」
としか書いていなかったと思う。

だが、議会の役割で、市民からの期待が大きいのは「行政の監視」ではないか。
議員の人数が減ると、監視機能が弱まる、のは確かだろう。行政を見つめる「目」が減るのだから。
市議は専門性や調査能力に限界があるとはいえ、やはり鵜の目鷹の目で各議員が行政をチェックすると、役所が引き締まることは間違いないだろう。
この、議会チェック機能議論があまりなかったのは、それこそ反対派もチェック能力には自信がない、ということになりはしないだろうか?

かく言う私も同感なのだ。情報は限られているし、弁護士や会計士のような専門性も議員にはない。
だから、代議制における議員の存在価値の多くは、市民の声を反映する
「政策立案」「予算化」、そして、その後の「調整」となるのだと思う。
調整のような仕事って、数が多いとかえって
「船頭多くして船山に登る」
に陥ることが多いのではないか。

政策立案についても、議員数が多ければいいものが出てくる、という種類のものではないだろう。
むしろ、野心的というか、アイデアマン的な首長や行政マンが一人いれば、行政がダイナミックに変わる、ということは過去の例から明らかである。
また、首長の政策ブレーンとなる、審議会の委員の選定などでも同じ事がいえる。とかく批判も浴びているが、国の「経済財政諮問会議」はその代表格だろう。

この時、議会の役割として、場合によっては暴走する首長を止めることが求められるだろうが、夕張の例でみるように、強い首長には、それに乗っかる議員が多数となることが普通だったりする。
この場合も、議員の数そのものが、行政の歯止めという点で、有効に機能するとは限らないのだ。

対して、チェック機能は数がものを言う部分がある。
だが、数だけでもだめで、質が極めて重要である。今回の質疑で殆ど話題とならなかったのも、それこそ削減反対派すら、議会ではチェックしきれないと認めたようなものではないか。

だったら、議員の数を減らして、その分監査を充実させた方がはるかによい。
行政監視は、オンブズマン(弁護士)や監査委員(公認会計士)といった専門家の比重を高めることで、より実効性が上がると私は思う。

こうした改革が、私にとっての議会改革、である。議員定数二名削減、はその第一歩に過ぎない。
議員削減には、議員からの抵抗が強い。だからこそ、議会内部で機運が高まっている時に踏み出すべきだ、と思っている。

ということで、議員を減らすことは、市民のためになる、だろう。
百歩譲っても、市民のためにならない、とは全く思っていないのだ。
| 17:10 | 議会(議会運営委員会) | comments(6) | trackbacks(0) | posted by 柳田ひでのり |
議員定数削減
ある市民から、「議員定数の削減」を求める陳情が議会運営委員会に提出され、5対4の僅差で了承された。
この結果、今会期中に賛成会派から議員定数削減案が提案されるはずだったが、12月議会まで提案を延期することとなった。

議運委では辛うじて過半数に達したものの、全議員による採決では可否が微妙な情勢だった、というか、議運委のメンバーに入れない少数会派も含めると、反対会派の方が多いのだ。
提案側も、本会議で可決できる自信がなかった、ということなのだろう。

我が会派は議員定数削減には「反対」の立場である。
しかし、私個人は定数減には賛成、なのだ。

もし、定数減条例が提案されたら、私は非常に苦しい立場に追い込まれるところだった。

藤沢市議会の定数は条例で38人となっている。
だが、誠に残念なことに、今任期中に二人の議員が亡くなり、現在は36人で運営されている。そこで、陳情者は「議員定数を38から36に」という主張をしたわけである。

一体藤沢市議会に何人の議員が必要なのか、という明確な根拠は無いと思う。あるとすれば、法による定数だろうが(藤沢は46人)、これはあくまでも「上限」である。大抵の自治体は法定よりも減員しているのが実際だ。

「人口1万人に対して議員一人だ」「減らすと市民の声が市政に届きにくくなる」
と言う意見もあり、一理あると感じる。
だが、人口あたりでいえば市議40人になるが、これは別に
「有権者1万人あたり」
でもかまわないだろう。ならば、藤沢の市議会議員は30人程度になるのだ。

人口あたり何人、っていうのは明確な根拠にはならないと思う。
政令市なんかは概ね2万人に一人だし、横浜市にいたっては3万5千人に一人以下であり(市人口約350万人に対して議員は92人)、にもかかわらず行政権限も一般市よりもはるかに大きいのだ。私は横浜市議の仕事ぶりはよく知らないが、議員一人あたりの仕事量はかなり多いだろうと推察する。

市民の声が市政に届きにくい云々も、実際どうだろうか。法定定数は超えられないから、「市議100人」なんていうのは無理なのだが、
数が多ければ市民の声が届く、というのならば、それはむしろ
市職員の方こそ当てはまると思う。

市税、健康保険などの担当課の電話は、季節ものとはいえ市民からの問い合わせ・苦情が鳴りやまないだろう一方、私の家の電話はそれほど鳴らない。
また、市が行っている各種無料相談も予約で一杯だが、私に行政の相談について面会を求める市民が行列をなすことはもちろんない。もっともこれは、私が市民から頼りにされていないだけかもしれず、猛省するしかないが。

市民の声は、市議よりも役所の方がよっぽど聞いているはずだ。
というわけで、市民の声を聞いて市政に反映させる、というのなら職員を増やすべきだ。だが、職員を増やせ、という声は聞かない。議員を増やして、に至っては…。
市民は、役所も議会も市民の声を聞いていない、と思っているのかどうか、わからないが、一般的な多くの市民は日常的に役所・市議との関わりは薄いからだろうと思う。

今回のごみ有料化に関しては、多くの声が上がったのはご承知の通りだ。
私は賛成・反対双方の市民の声を傾聴してきたつもりだ。結果的には反対の皆さんの声を政策に反映しなかったことになるが、逆に賛成の声は通ったのである。
また、反対の声も私を通さずとも市にしっかりと伝わっている。

ともあれ、議員にしても職員にしても、定数が多いのか少ないのか、いずれにせよ法定定数以外には「これ」という決め手は無いと思う。
で、結局、財政逼迫により、法改正されて定数は削減されていく、というのは避けられない流れだろう。

自治体運営の大原則である、
「最小の経費で最大の効果」
の見地に立てば、職員も市議も可能な限り少ない方が良い、ことは否定できないだろう。

私は三年半の議員生活を送った上で、これはもう感覚だが
「議員は多すぎる」
と思う。
(続く?)
| 20:19 | 議会(議会運営委員会) | comments(0) | trackbacks(1) | posted by 柳田ひでのり |
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